3Dスキャニングが三千五百年前のグリフィン戦士の顔の再現に貢献
課題:シンシナティ大学の支援によって現在行われている発掘作業の一環として、名だたるイギリスの顔に関する人類学者が、古代の戦士の頭蓋骨をデジタル復元し、その戦士の実際の顔に細かい部分まで正確な復顔を行うために召集された。
ソリューション:Artec Spider、Artec Studio、Geomagic Freeform、及びAbrosoft FantaMorph
結果:頭蓋骨は、その破片の一つ一つ、及び一塊となった破片がスキャンされた上で、Artec Studioソフトウェア上でデジタル再現された。その3DモデルはGeomagic Freeformへエクスポートされ、現在ではオンラインや研究、3Dプリンティングでいつでも使用できるようになった、復顔を構築するための詳細な参照モデルとしての役割を果たした。
グリフィン戦士のデジタル化された復顔。画像は、トビアス・ホールトン博士(Dr. Tobias Houlton)の厚意により掲載
三十五世紀もの間、その遺体はギリシャ南部のネストル王の領地(Palace of Nestor)から歩いていける距離にある、オリーブ畑の下の墓地に安置されていた。周りには、その起源が青銅器時代にまで遡る、金の盃、指輪、ネックレス、何百もの貴重な宝石、装飾の付いた剣、そして息を飲むような細密な彫刻の施されたピュロスの戦いの石印など、二千以上もの物品が共に静置されていた。
元はグリフィン戦士の胸の上に静置されていた、金の柄の付いた短刀。画像は、シンシナティ大学古典学部(Department of Classics)のネストル王の領地発掘調査所(the Palace of Nestor Excavations)の厚意により掲載
ギリシャ神話の怪物グリフィンの付いた象牙の飾りがそばに発見されたことにちなみ、『グリフィン戦士』と名付けられたこの古代ミケーネ人貴族の素性は、未だ謎のままである。
グリフィン戦士の墓地の発掘作業中の、シャロン・ストッカー博士。画像は、シンシナティ大学古典学部のネストル王の領地発掘調査所の厚意により掲載
しかし、シンシナティ大学の考古学者であるジャック・デイビス(Jack Davis)とシャロン・ストッカー(Sharon Stocker)が六ヶ月の間、貴族の墓地を発掘していたとき、ほぼ完全な形のグリフィン戦士の頭蓋骨が出土した際には、戦士の実際の容姿を予測するため、法医学の復顔に利用される科学的方法の実施に直ちに取り掛かった。
グリフィン戦士墓地の発掘計画。画像は、シンシナティ大学古典学部のネストル王の領地発掘調査所の厚意により掲載
自然人類学者のリン・シェパーツ(Lynne Schepartz)教授と、顔に関する人類学者トビアス・ホールトン(Tobias Houlton)博士が、この複雑で複数の段階に亘る作業の支援のために招かれた。シェパーツは頭蓋骨の破片の発掘を指揮し、ホールトンは頭蓋骨の再生とグリフィン戦士の顔の推測に当たった。
スコットランドのダンディー大学(University of Dundee)の法医学技術及び顔造形修士課程プログラム(MSc in Forensic Art and Facial Imagingprogram)の課程コーディネーター兼講師であり、同時に、この分野での法医学技術者で専門家でもあるホールトンは、国際刑事警察機構やイギリスや南アフリカの数々の警察機関で、犠牲者の身元判別のための復顔が必要な様々な事件の任務に就いていた。
ホールトンの業績は、雑誌ナショナルジオグラフィック、スミソニアンチャンネルやBBCラジオ4などで評価されている。
作業に最適な3Dスキャナの採用
ホールトンはギリシャへ旅立つ時が来ると、グリフィン戦士の発掘と再生作業を始めるに当たり、Artec Spiderを携行した。
グリフィン戦士の頭蓋骨のArtec Spiderによる現場でのスキャン(上:側面からの様子、下:上からの様子)。画像は、トビアス・ホールトン博士の厚意により掲載
世界中の法医学専門家や研究者の間での第一に選ばれる3DスキャナのSpiderは、頭蓋骨の縫合線や非常に薄い骨の断片など、他の機器では困難となるような特徴を持つものさえも含めて、すべての大きさや形状を持つオブジェクトをミリ単位以下の精度でキャプチャできる性能を評価されている。
ホールトンの言葉によると、「Spiderは、我々のワークフローに最適だと思っていた。ソリューションの多くを使用する場合、その機器のニーズに合わせるために全てを調整しなければならないが、Spiderはすべての段階ですぐに使用することができた」ということである。
Artec Studioソフトウェア上においてデジタル復元された、グリフィン戦士の頭蓋骨。画像は、トビアス・ホールトン博士の厚意により掲載
「堆積物から頭蓋骨の断片を掘り出す前に、それぞれの断片の発掘場所や堆積物内での状態を記録するため、その層をスキャンした」
ホールトンは更に、「その後で、それぞれの破片を掘り出し、その直後にスキャンし直し、一つながりになっている破片も一時的に仮止めした上でスキャンした。こうして、頭蓋骨のデジタル復元の際には、Spiderにより収集した掘り出す前の現場でのスキャンはもちろん、頭蓋骨の破片の正確なデジタル複製版を使用することができた。これは、考古学からの観点では非常に重要なことである」と続ける。
古代の土壌を通したCTスキャン
そういったことが実現する以前に、グリフィン戦士の遺骨を含んだ堆積物の塊が現場より抽出され、研究室に運び込まれたことがあった。そこでは、頭蓋骨とその他のものを判別するために、CTスキャンが利用された。
しかし、対象となる物体の埋没場所の全景はどうにか収集でき、これは後ほど、グリフィン戦士の頭蓋骨の破片の抽出の際に役立つことになったものの、残念なことに、CTスキャンは堆積物の中の遺骨を他の物質と区別することはできなかった。
ホールトンのスキャンはArtec Studio上で直接行われ、頭蓋骨の破片と堆積層それぞれをすべてキャプチャするために要した時間は、スキャン一回当たり一分、もしくはそれ以下であった。
その後、収集されたスキャンデータは3Dモデルに処理されたが、その際、Geomagic Freeformはホールトンが使用できない状態であったので、グリフィン戦士の頭蓋骨の再構築はArtec Studio上ですべて行われた。
ホールトンによると、「Artec Studioの位置合わせツールにより、特定の破片を選択してあちこち移動させ、他の全ての破片との位置関係を正確に合わせることができた。すべてを再構築して、最終的にグリフィン戦士の頭蓋骨のデジタル復元版を完成させるのにも、時間はそれほどかからなかった」ということである。
従来の鋳造では危険を伴う場合には、3Dの『デジタル鋳造』の出番が
遺骨の記録の際の従来の鋳造方法を思い出しながら、ホールトンは、「グリフィン戦士の頭蓋骨の場合、その破片の多くは壊れやすく、安全な鋳造を施す方法は見当たらなかった」と語る。
ホールトンは更に詳しく、「しかし、Artec Spiderは、元のオブジェクトに危害を加えたり、破損したりする恐れのない形で、数秒のうちにそれぞれをデジタル鋳造し、現在はその3Dコピーを保護することができている」と説明する。
オフィスへ戻ると、ホールトンは実際の復顔のため、グリフィン戦士の頭蓋骨のデジタル複製版をArtec StudioからGeomagic Freeformへとエクスポートした。
Freeform:頭蓋骨のデジタル再構築と復顔の際の第一の選択とされるソフトウェア
Freeformは、再構築担当者がハプティクスペン・インターフェイスを使用して、3Dオブジェクトに直接、運動感覚的に触れることのできる機能を搭載し、学生から経験の豊富な専門家まで、業務を行うすべての方に最適なツールである。
グリフィン戦士の頭蓋骨のGeomagic Freeform上のスクリーンショット。画像は、トビアス・ホールトン博士の厚意により掲載
従来の粘土による復顔とは違い、Freeformを使用すれば、復顔の完成後数秒の間に、その結果をあらゆる場所の機関やデジタルアーティストにシェアすることが可能となる。
さらに重要な点は、粘土を扱う場合に対し、デジタル復顔によれば、元となるオブジェクトを破壊したり、損傷を及ぼしたりする恐れがないことである。
このことに加え、ホールトンは、「今では、Freeformでの復顔が完了すれば、元の頭蓋骨を紛失したり、損傷してしまったりしても、予測された顔の正確さに関して質問を受けたとしても、Spiderによるスキャンデータを参照するだけで良い」と語る。
Geomagic Freeform上の、グリフィン戦士の頭蓋骨の復顔作業中の様子を示すスクリーンショット。画像は、トビアス・ホールトン博士の厚意により掲載
「数秒のうちに、疑念を持つ余地もなく、頭蓋骨の復元版の正確さを確認することができる。Spiderのスキャンデータを見ていることは、頭蓋骨そのものを見ていることとほぼ同じだからだ」とホールトンは語る。
ホールトンはダンディー大学の生徒たちに、内部精通者ならではのFreeformを使用したワークフローのコツやヒントなどを紹介している。
生徒たちは、将来、復顔の専門家として、警察や諜報機関と協力の上、あるいは映画、テレビ、ビデオゲームの世界に浸るCGIスペシャリストとして働くようになったとしても、その際には既に、Artec 3D社製のスキャナによるスキャンデータから驚くほど本物に近い復顔データを作成するための、すべての基礎知識を持っていることになる。
Freeformによるグリフィン戦士の顔の復元
ホールトンは、グリフィン戦士の顔の薄い骨、特に鼻の周りのものが墓地での酸性土のせいで時間の経過と共に分解され、いくつか見当たらないようになっていたため、正確にその空白を埋めるために自身の考えを試すことにした。
ホールトンは、同年齢で体格の似ている五十人のギリシャ人の顔を基に一般的な顔の鋳型を作り、Abrosoft Fantamorph上でそのすべてを組み合わせた。この顔の平均化により、顔の形状における一定の特徴が判明し、ホールトンが残りの、個々のディテールからは確認できない部分の復顔作業をする際に役立った。
Geomagic Freeform上で、グリフィン戦士の顔の復元に役立つ、ティッシュペーパーの薄さを持つマーカーの使用例。画像は、トビアス・ホールトン博士の厚意により掲載
復顔においては、ホールトンはまず、目を挿入してから、すべてのティッシュペーパーの薄さのマーカー(三十六枚まで)を加え、その後で筋肉と皮膚の層を追加した。これら全ての要素をそれぞれ独立したオブジェクトとして整理して分類し、それぞれのフォルダに保存できるFreeformの性能は、復顔作業において非常に役立つ。
甦ったグリフィン戦士の顔。デジタル復元された頭蓋骨から復顔完成まで。画像は、トビアス・ホールトン博士の厚意により掲載
同様に、ソフトウェアのモデルの表層の奥まで「見通す」性能により、その柔らかい部分と固い部分がうまく調和していることを確かめることができるため、デジタル化を行う専門家には、手作業でのモデル製作者が通常行わずに済ます作業、すなわち、粘土やモデリング用のワックスを実際に切り、下層の頭蓋骨の鋳物を確認する作業を行うことが可能なのである。
二次元の写真撮影が最も望ましい選択肢とならない理由
復顔において、二次元の写真撮影を利用する場合と三次元のスキャンの場合と比較するように尋ねられたとき、ホールトンは、「二次元の写真撮影は、最後の手段だろう。それが望ましい選択ではない理由の一つを挙げると、ほうれい線の形をある程度予測できる、犬歯付近にできた穴の深さの計測が非常に困難だからだ」と語る。
ホールトンはさらに、「一般に、正確さや生気溢れるリアルさに関しては、二次元の写真に比べると、3Dスキャニングこそが優れた成果を挙げることができる」と続ける。
実際、Spiderによる正確なサーフェスのデータの幅広い情報ならば、スキャンデータから直接復元を行うのには充分すぎるほどであり、元の頭蓋骨を参照モデルとして使用する必要もない。
ダンディー大学で、Artec Space Spiderによる頭蓋骨の破片のスキャンを行うトビアス・ホールトン博士。画像は、トビアス・ホールトン博士の厚意により掲載
このことこそが、ホーストンが長年の間、複数の国際的プロジェクトにおいて行っていることなのである。「これぐらい正確な3Dスキャンデータがあれば、オフィスを離れる必要もなく、復顔に携わることができる」
現存するモデルの復元の必要が生じれば、その目的が捜査や法的事象、その他、どんなものであろうと、単にデジタル復顔データを3D印刷のためにエクスポートするだけで良い。
実際のところ、復顔を行い、完成した3Dモデルを発注元にシェアすることで、発注元はその数秒後にモデルを受信できるということが、地球の反対側においても可能であるということだ。その上で、発注元は画面上でモデルを閲覧でき、実際に扱える物理的モデルも、3D印刷によって数時間後には使用可能となる。
教育現場での人体構造の3Dスキャニング及び3Dプリンティング
ダンディー大学のデジタル作成施設(Digital Making facility)には、二十八ものあらゆる3Dスキャナがあり、ホールトンと生徒たちはSpiderによるスキャンデータや、大学内にあるその他のArtec 3D社製のスキャナであるEvaやSpace Spiderによるスキャンデータを3D印刷している。
Spiderの後継機種であるSpace Spiderは、パワフルな温度安定化機能や高品質の電子工学技術に加え、前身となるSpiderの性能を全て受け継いでいる。
Artec Space Spider
ダンディー大学の法医学技術・顔画像化課程プログラム(MSc Forensic Art and Facial Imaging program)は、Artec 3D社のゴールド認定パートナーであるPatrick Thorn社の紹介により、数年前にカリキュラムの一環として、Artec社製のスキャナを導入した。
Thorn社は、教育、文化遺産、法医学、医療、その他の分野においての3Dスキャニングに関して非常に豊富な知識を持っており、できる限り最高のソリューションの導入の橋渡しとなるべく、今回の依頼人のニーズを理解しようと務めた。更に、コーンウォールの一端からスコットランド北部まで、イギリス中のあらゆる地域での顧客に向けたワークショップも開催した。
3D印刷された、本物のような遺骨や頭蓋骨のモデルの教育現場での利用
ホールトンは、ダンディー大学で人体構造を教える際の3Dプリンティングの重要性について、「我々は、定期的に頭蓋骨やその他の遺骨の3D印刷物を使って授業を行っているが、これは、そうしたモデルを実際に手で扱うことが、学習過程に大いに貢献するからである。これは、Artec社製のスキャナが有用だと判明した、もう一つの領域でもある」と話す。
彼は続けて、「例えば、Spiderのスキャンデータから3D印刷された頭蓋骨を用意し、その横に、我々が試用した他社の3Dスキャナによるデータを基にした、同じ頭蓋骨の3D印刷版コピーを並べると、ディテールや正確さ、リアルさに大きな差があることが分かる」と語る。
以前のケーススタディでも紹介したが、ダンディー大学は学期ごとに、3Dスキャニング及び3Dプリンティングを扱う課題の拡大に努めている。
大学での医学や法医学技術専攻の学生は、卒業する頃には、Artec 3D社製のスキャナを利用し、人体の二〇六ある骨をすべて数分でキャプチャし、そのスキャンデータを拡張現実(AR)、仮想現実(VR)、3DプリンティングやFreeformでの復顔に直ちに使用できる、本物のような3Dモデルに変換する技能をしっかり身に付けることができる。
顔の腐敗過程の研究、共同墓地の記録、その他にも
最新のプロジェクトでは、ホーストンはウィットウォーターズランド大学のある南アフリカを訪れる。そこでは、博士課程の学生と学術チームと共に、腐敗の人の顔への影響について調査し、死後に起こる変化の度合いを見極めることで、その顔認識への影響について理解する研究に特化したプロジェクトに携わる。
この後、ホールトンはオークニー考古学研究センター(Orkney Research Centre for Archaeology)での考古学を基にしたプロジェクトへ赴き、共同墓地の記録に従事し、現地及びアフリカのあらゆる国や地域で研究を行っていく。